1947年生まれのマリサ・ベレンソンは、その完璧な美しさで、生きた伝説となっている希有な人である。今でもコレクションの会場に登場すると、山のようなパパラッチに囲まれ、笑顔で応える姿の華やかなエレガンスにはいつも見惚れてしまう。

Marisa Berenson
Marisa Berenson

トップモデルとして、スター女優として、'60〜'70年代を駆け抜けたマリサ・ベレンソン

美しく生まれついた女性について考察する機会があれば、マリサ・ベレンソンは絶好のサンプルでもある。とびきりの正統派の美女に生まれた女性の人生が、どれほど美貌と密接な関係があるのか?

時は美しさを奪い去る。同じ女性として感慨深い考察だ。若いころの周囲を圧倒するような気品に満ちた美貌から、年齢を重ね、その美しさが面影として残る現在。変容する容姿を受け入れつつ,年齢にあった美しさを保ち、どう穏やかに老いと共存してゆくか? マリサ・ベレンソンは、自然体でエイジングに向き合い、ありのままでいられるのは努力の賜物であることを教えてくれる。

モデルや女優は、時代の美の基準を象徴しリードする存在だが、'60〜'70年代にかけて彼女はトップモデルでもあり、スター女優でもあった。

16歳のときにダイアナ・ヴリーランドの目に止まり、パリに撮影に向かったのが始まりであった。『ヴォーグ』を始め多くのモード誌でフォトグラファーのリチャード・アヴェドンからデヴィッド・ベイリー、ヘルムート・ニュートンなどが、まるで蜜を求める蜂のようにマリサを被写体として起用した。誘惑的な眼差しで、ウィッグをつけ、ボディペインティングを施したパコ・ラバンヌのメタルドレスから、ヴァレンティノのゴージャスなドレスを清楚な雰囲気で着こなすなどの幅広い表現で、モデルとして圧倒的な実力を見せた。

モデル、マリサ・ベレンソン
モデル、マリサ・ベレンソン

「となりの女の子」や「小枝のようなやせっぽち」などファニーフェイスが、サブカルチャーの主役としてもてはやされているとき、マリサのような古典的美貌がスターダムにのぼることなど、すでに、逆境におかれたものであった。だが、彼女はそんな時代の価値観など、木っ端みじんにするほどの普遍的で絶対的な美貌の持ち主であった。

そのうえ、彼女は富裕な名家の生まれときている。祖母は「ショッキングピンク」「トロンプルイユ(だまし絵)」などアバンギャルドなファッションをつぎつぎと提案し、’30年代にココ・シャネルと人気を二分していたデザイナー、エルザ・スキャパレリである。5歳のときボーディングスクール(マナー、しつけなども含む全寮制の学校)に入ったが、そのときすでにシャネルのオートクチュールを着ていたという。

’60年代は厳格なヒエラルキーが崩壊し、ワーキングクラスの出身者が、ポップカルチャーの輝ける星になるなど、階級の下克上がスター誕生秘話につきものであった。だが、ここでも名門のお嬢さま、著名デザイナーの孫娘がスターになるという、きわめて異例の存在であった。

比類なき美貌と育ちのよさ。極上のワインにも似た芳香に魅了された男性達は、引きも切らなかった。ヘルムート・バーガーなどの俳優や、アンディ・ウォーホールからテネシー・ウイリアムズまで、当代きっての文化人達が、マリサの取り巻きであった。

『ベニスに死す』でのマリサ・ベレンソン
『ベニスに死す』でのマリサ・ベレンソン

’70年年代には、スタンリー・キューブリックや、ルキノ・ビスコンティなどの映画監督に招かれ『バリー・リンドン』の主役を始め、『ベニスに死す』『キャバレー』など名作映画に出演、2009年にはティルダ・スウィントン主演『ミラノ 愛に生きる』で、友人役のリッチな有閑マダム役をほとんど素の年齢で演じ、その成熟した美しさと貫禄が話題になった。

女の本質的な美しさを引き出すのは、自然体でエイジングに向き合うということ

若く、美しいのはそれだけで、無敵である。美しさの特権を生かした生活など、若いときは世界を手に入れたも同然だ。だが、誰にでも公平に、やがて訪れる美貌の名残りという長い日々。

マリサ・ベレンソンはいま、モロッコで暮らしている。キッチンでグルメの調理に長い時間を費やし、グルテンフリーやシュガーフリーなどの、クッキーやケーキを手づくりし、砂漠で採集される天然のオイルやクレイで、肌や髪を磨き艶やかさを保っている。オーガニックで健康的な毎日だ。

トム・フォードがマリサ・ベレンソンにインタビューしている対談(『インタビューマガジン』)の中で、面白いくだりがある。

「私は自分のことを若いころから美人だと思ったことはまったくないわ。そういうことを言われる環境で育ってないから」「美人ですよ! すごい美人!」とトムに苦笑されながら「90歳にあなたは何をしていると思う?」と訊かれて「そうね、海が好きだから、そばに家を持って野菜を育てながらのんびり暮らしたい」「自然や緑あふれる木々や花に囲まれて、友人や娘など、わたしが愛しているすべての人が出入りできる場所に小さな家を建てて……。きっと幸せに満ちあふれているわ」と答えている。

社交界にはまったく未練がなさそうだ。「いま素敵に年が取れたら、すぐ取りたいね」というトムに対し「私は欲張りだから、美しくあるためにできる限り努力するつもり」と笑いながら答えている。

 

外見の美しさに固執するあまり、人工的な施術に頼る人が多い中、マリサは精神的な充足の中に、年輪に応じた美を生み出そうと務めている。そう、美は訪れてくるものではなく、生み出すもの年を重ねて美しい容姿が伝えるものを、私たちは、しっかりと心に留めておきたい。

この記事の執筆者
1987年、ザ・ウールマーク・カンパニー婦人服ディレクターとしてジャパンウールコレクションをプロデュース。退任後パリ、ミラノ、ロンドン、マドリードなど世界のコレクションを取材開始。朝日、毎日、日経など新聞でコレクション情報を掲載。女性誌にもソーシャライツやブランドストーリーなどを連載。毎シーズン2回開催するコレクショントレンドセミナーは、日本最大の来場者数を誇る。好きなもの:ワンピースドレス、タイトスカート、映画『男と女』のアナーク・エーメ、映画『ワイルドバンチ』のウォーレン・オーツ、村上春樹、須賀敦子、山田詠美、トム・フォード、沢木耕太郎の映画評論、アーネスト・ヘミングウエイの『エデンの園』、フランソワーズ ・サガン、キース・リチャーズ、ミウッチャ・プラダ、シャンパン、ワインは“ジンファンデル”、福島屋、自転車、海沿いの家、犬、パリ、ロンドンのウェイトローズ(スーパー)
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文/藤岡篤子 写真提供/AFLO 構成/渋谷香菜子