16th , Oct. 2016

マリア・カラス──歌姫の人生に秘められた愛と悲しみ

藤岡篤子さん
ファッション
ジャーナリスト
藤岡篤子さん
歌に生き、恋に生きたひとであった。

マリアカラス Maria Callas, 1956 : Maria Callas, Opera singer (circa 1956) (Photo by Photofest/AFLO) [2343]©aflo


貧しいギリシア移民の娘としてニューヨークに生まれ、20世紀最高のソプラノ歌手「プリマドンナ アッソルータ(究極のプリマドンナ)」と呼ばれたマリア・カラス。だが『ノルマ』『トスカ』『椿姫』などで知られる、彼女の偉大な声の絶頂期はわずか10年足らずという短いものであった。

幼少の頃からの長きにわたる厳格な訓練、天賦の才能をもってしても、アリストテレス・オナシスと恋に落ちてからの生活の不摂生や、得意とした「劇的」な「ベルカント」唱法を続けた結果、声の寿命を縮めてしまったのだ。

当時はアクロバッティクな歌唱法として敬遠されていた「ベルカント(装飾技巧を入れたドラマティックな唱法)」を好んで演目に入れ、それまで通俗的とされていた「ベルカントオペラ」に、登場人物の心理描写に深く踏み込んだ巧みな演技力で、ドラマティクな見せ場をつくり、観衆を圧倒し、熱狂させた。ヴィスコンティやゼッフィレッリなどの強力な後押しもあったが、ベルカントオペラを芸術の域に高め、それまで廃れていた『メディア』や『ランメルモールのルチア』などが本格的に復活したのも、マリアの登場があってこそである。ベルカントオペラの最高の演じ手であった。

誰よりも毛皮が似合うマリア・カラス、1958年パリ、ホテル・リッツの前で Maria Callas (1923-1977), Greek opera singer, in front of the Ritz Hotel, place Vende. Paris, December 1958.誰よりも毛皮が似合う…それがマリア・カラス。
1958年パリ、ホテル・リッツの前で。©aflo


そして、マリアの人生もギリシア悲劇さながらのドラマと陰影に彩られていた。どれほど名声を得ようとも、光り輝く栄光の傍らには、奈落の縁が黒々と口を開けて待っているという、オペラの激しい場面転換のような人生。幸せに満ちたりた日々のあとには、地獄のような苦しみを味わうことになった。母親や兄弟の裏切りや家族との絶縁、最初の夫メネギーニの金銭にまつわる裏切り、生涯愛し続けたオナシスも、晩年には再び逢瀬を重ねたとはいえ、マリアとの交際中にジャクリーン・ケネディと結婚。マリアは捨てられた女としてパパラッチに付け狙われる羽目に陥った。

1957年、ヴェネツィアで過ごすマリアカラスと運命の人、 アリストテレス・オナシス Maria Callas *02.12.1932-16.09.1977+ S�gerin, Sopran, USA / Griechenland mit Aristoteles Onassis in Venedig - 19571957年、ヴェネツィアで過ごすマリアと運命の人、
アリストテレス・オナシス。©aflo


とは言え、オナシスはマリアの運命の人であった。彼女の人生をマリア・カラス物語と名付けるならば、彼女を大輪のバラのようにキラキラと輝かせたスポットライトは、ギリシアの海運王アリストテレス・オナシスとの恋物語である。当代きってのプリマドンナと一代で成り上がったモンスターのような大富豪との恋。双方に夫、妻子があったことから、ことさらニュースバリューは大きくなった。

ヴェネチアで催された華やかなパーティで出会った時、オナシスはマリアに向かって「我々は世界で最も有名な二人のギリシア人です」と自己紹介し、マリアが「貴方は何で一番有名なのかしら」と答えたと言われる。オナシスと踊ったあとマリアは「彼の感触になぜか魅了されるように思えて、私は心の中で警鐘を鳴らした」と書き留めている(『マリア・カラスという生きかた』音楽之友社)。その宵は、マリアにとって忘れられぬものとなった。オペラ界という嫉妬や確執が渦巻く狭い世界で純粋培養されてきたマリアにとって、初めて接する、開放的でゴージャスな社交界の雰囲気は、この上もなく魅惑的で、あっという間に惹きつけられていた。

華やかな社交界で、すでにモナコ公妃となっていた グレース・ケリーとマリアカラス。MARIA CALLAS AND PRINCESS GRACE, 1963 : VARIOUS - 1963 (Photo by Rex Features/AFLO) [2337]華やかな社交界で、すでにモナコ公妃となっていた
グレース・ケリーと。©aflo


オナシスのマリアへの誘惑は、溢れる財力と色恋の手練手管をもってすれば、赤子の手をひねるほど簡単なことであった。当初は、世界的な名声を持つ同郷の既婚の女性を愛人にしたいという、ある意味マリアのブランド力に対する興味だった可能性も大きい。マリアのあらゆる滞在先には「ギリシア人より」とだけ自筆で書かれたカードが付いた赤いバラの花籠が欠かさず送られてくるようになり、それとともに宝飾品やチンチラのコートが送られてくるのに、さほど時間はかからなかった。

だが、2人は宿命の恋に落ちてしまった。オナシスは離婚し、マリアも大きい代償を払い離婚した。だが、結婚を望んだマリアに対し、オナシスは首を立てに振らなかった。そして、ジャクリーンにプロポーズ。

「オナシス無しでは、私はつまらない人間です。私が女になるのは彼の目の中でだけ」(『マリア・カラスという生きかた』音楽之友社)。筆舌に尽くしがたい辛酸をなめさせたと同時に、天にものぼる幸福感を与えたオナシスは、歌姫としての人生だけであったマリアに女としての喜びと悲しみを与えた存在だったと言えよう。

1974年、当代きってのテノール歌手、ジュゼッペ・ディ・ ステファーノとのカーテンコール Giuseppe di Stefano and Maria Callas and Robert Sutherland, 1974 : Maria Callas, Opera singer (1974) Shown: at Carnegie Hall with singer Giuseppe di Stefano (left), pianist Robert Sutherland (right) (Photo by Photofest/AFLO) [2343]1974年、当代きってのテノール歌手、ジュゼッペ・ディ・
ステファーノとのカーテンコール。©aflo


比類無き才能と情熱的な恋に生きた伝説のディーバ。今もなお、私たちの心を惹きつけてやまないのは、その声に秘められた喜びや悲しみ、幸せを追い求めた切なさが永遠の命となって、心を揺さぶるからではないのだろうか。

おすすめ記事はこちら
>>あのジャクリーン・ケネディに、美貌の妹がいたことを知っていますか?

>>パリ・オペラ座をはじめ、バレエの祭典を満喫できる特別会員募集中!

>>不倫が題材の文学作品から、男女の深淵をのぞく!

文/藤岡篤子 出典/『マリア・カラスという生きかた』著=アン・エドワーズ 岸 純信=訳 音楽之友社 構成/吉川 純(LIVErary.tokyo)

Presenter

藤岡篤子さん
ファッション
ジャーナリスト

Profile

1987年、国際羊毛事務局婦人服ディレクターとしてジャパンウールコレクションをプロデュース。退任後パリ、ミラノ、ロンドン、マドリードなど世界のコレクションを取材開始。朝日、毎日、日経など新聞でコレクション情報を掲載。女性誌にもソーシャライツやブランドストーリーなどを連載。2000年より情報用語辞典『イミダス』でファッション分野を執筆。毎シーズン2回開催するコレクショントレンドセミナーは、日本最大の来場者数を誇る。

好きなもの:ワンピースドレス、タイトスカート、映画『男と女』のアナーク・エーメ、映画『ワイルドバンチ』のウォーレン・オーツ、村上春樹、須賀敦子、山田詠美、トム・フォード、沢木耕太郎の映画評論、アーネスト・ヘミングウエイの『エデンの園』、フランソワーズ ・サガン、キース・リチャーズ、ミウッチャ・プラダ、シャンパン、ワインは“ジンファンデル”、福島屋、自転車、海沿いの家、犬、パリ、ロンドンのウェイトローズ(スーパー)

Archives

五感で楽しむアートなカフェ「LATTE GRAPHIC」が自由が丘にデビュー!

LATTE GRAPHIC

自由が丘店オープン

五感で楽しむアートなカフェ「LATTE GRAPHIC」が自由が丘にデビュー!

LIVErary.tokyo
編集部
ライフスタイル
「伝統を守っていく」意識を高めるためにできること【稲岡亜里子さんインタビュー3】

彼女たちの三都物語

「伝統を守っていく」意識を高めるためにできること【稲岡亜里子さんインタビュー3】

LIVErary.tokyo
編集部
ライフスタイル
家業に入ってより大切に感じた人とのつながり【稲岡亜里子さんインタビュー2】

彼女たちの三都物語

家業に入ってより大切に感じた人とのつながり【稲岡亜里子さんインタビュー2】

LIVErary.tokyo
編集部
ライフスタイル
「仕事が忙しいからできない」の嘘。豊かな人生に欠かせない3つのタスク【岸見一郎さんインタビュー5】

インタビュー

「仕事が忙しいからできない」の嘘。豊かな人生に欠かせない3つのタスク【岸見一郎さんインタビュー5】

LIVErary.tokyo
編集部
ライフスタイル, カルチャー
N.Y.のカメラマンから、京都の老舗蕎麦店の16代目当主に【稲岡亜里子さんインタビュー1】

彼女たちの三都物語

N.Y.のカメラマンから、京都の老舗蕎麦店の16代目当主に【稲岡亜里子さんインタビュー1】

LIVErary.tokyo
編集部
ライフスタイル
「本気出してないだけ」の後輩は、ほめず、叱らず伸ばす【岸見一郎さんインタビュー3】

インタビュー

「本気出してないだけ」の後輩は、ほめず、叱らず伸ばす【岸見一郎さんインタビュー3】

LIVErary.tokyo
編集部
ライフスタイル, カルチャー