28th , Feb. 2017

インタビュー

「自分とは違う人」を排除してしまう30代、40代へ【西加奈子さんインタビュー1】

「この世界にアイは存在しません」。

作家・西加奈子さんの新刊『i(アイ)』は、ドキッとするような一文から始まる。格差、シリアの内戦、東日本大震災、原発事故、結婚、妊娠など、今を生きる私たちの現実が織り込まれた物語。力強くも繊細で鮮明なブルーが目を引く表紙も、西さんが描いたものだ。「i」をテーマにした個展会場で、作品に込めた想い、40代を前にした自身の変化、身近な人や日常に感じる愛についてお話をうかがいました。

西加奈子さん正面

 

第1回 「最高の私たち」なんて、世界のごく一部でしかない


――― 小説『サラバ!』で直木賞を受賞された後の作品としては、2作目となる『i』。何を書こうか、迷うことはありませんでしたか?

『i』に関しては、書きたいことに引っ張られたという感じなので迷いはなかったですね。今を生きていて、シリアのことはどうしても無視できなかったんです。私が書いていいのかという葛藤はあったんですが、それはただ誰かに批判されるのが怖いだけだと。「どうして経験したことのない悲劇をお前が書くんだ!」という批判を怖がってやめるのはなしにしよう、とにかく書きたいことを書こう、と思いました。

――― 作家は、自分では経験していないことも言葉にする仕事。それでもやはり、シリアの現実に触れるというのは特別なものだったのでしょうか。

例えば、東日本大震災のあとに書くことを躊躇するようになったのは、震災の規模、死者の数が大きかったからですよね。シリアの内戦問題もそういう意味では、規模も被害も甚大です。ただ、その悲劇に当てはまる人が少ないから書いていいんだというわけではないし、逆に数が多いから避けるというのも、おかしいんじゃないかと。私の作品では、全力で走ったり、海に飛び込んだりして、身体を通じて自分を確認する描写が多いんですが、世の中には脚がない人もいるし、走れない人もいる。どんな作品でも誰かを傷つけていると思って書いています。ほかの人に指摘されなくても、自分で思っておくというのはいちばんの重石になりますね。

――― 昨年11月の発売以来、読者の反響を受け取ってみていかかがですか?

書いてよかったです。私、普段は自分の小説にあまりにも共感されると、ありがたいと同時に怖くなるんです。共感だけで小説を読む人が多いことに危機感があって。でも、今回の作品でいえば、主人公のアイちゃんは、シリアからアメリカ人と日本人夫婦のところに養子に来た女の子。書いている私でも預かり知らない設定ですが、ただ「分からない、共感できない」となると、イスラム教や養子の人を完全に排除してしまう考え方につながる。だから、「彼らの考え方や人生、選択は理解できないけれど好きだ」と言ってくださる方がたくさんいたことが、うれしかったですね。

西加奈子さんお話し中

――― 30代、40代になると、自分の経験値が増えることで先入観の数も増えて、自分とは違う人や共感できないものを排除してしまうところがあるように思います。西さんは同世代をどのように見ていらっしゃいますか。

私も人付き合いがどんどん限られてきているんですよね。面倒くさいこともあるし、大切なものが分かってきたというのもある。似たような職業の人といるのが心地いいし、実際、作家の友達といる時間はすごく大切です。ただ、その中でも“同じじゃない”という感覚はもっている。たまたま環境が似ているけど、書いている本は全然違うし、どれだけ限られた人間関係の中でも多様性は感じられると思うんですね。自分自身は、社会の中ではマイノリティだなとは感じます。だから、あえてふだんは選ばない本を読んだり、流行っている映画を観たりはするようにしていますね。そのうえで、「私の意見がマジョリティじゃない」「この生活ができることが常識じゃない」「人は全員違うもの」って、常に意識し続けないと、すぐ好きな人と固まるし、偏見をもってしまう。私、読者の方よりもっと保守的だと思います。

――― 西さんの作品は、読んでいると個性や多様性への愛が湧いてくるようですが、源泉にそんな想いがあったとは。

高校生くらいのころって、大好きな友達と固まって「私たちって最高!」とか思いませんでした(笑)? その感覚は大人でもあって、優劣ではなくて、楽しいからスクラムを組んでしまう。仲間って、すごく楽だし脳みそが刺激されますよね。私もそれはもちろん大切にしたいんですけど、世界で見たらとんでもなく一部でしかないということを、忘れたらいけないなと。

 

■西加奈子さんインタビュー
>>【第2回】かっこいいと思うのは、緊張感のある人
>>【第3回】LGBTQ……性別より前に、人が属するものとは?
>>【第4回】言葉は祝福であると同時に、呪いでもある
>>【第5回】人の評価にどれだけ傷ついても、魂は守る

 

■『サラバ!』から2年、西加奈子さんが全身全霊で現代を書き上げた衝撃作
i(アイ)

西加奈子さんi書影

ポプラ社/1,500円(税別)

【内容紹介】アメリカ人の父と日本人の母のもとへ、シリアから養子としてやってきたアイ。優しい両親に見守られて育ち、豊かで安全な生活を送る日々。一方で、恵まれた自分の環境に、罪悪感を抱く。〈選ばれた自分がいるということは、選ばれなかった誰かがいる〉と。やがてアイは、内戦、災害、テロ……そこで死んだ人々の数をノートに書き始める。〈どうして私じゃないんだろう〉。逃れようのない現実と虚ろな自分の存在意義。問い続けることでたどり着いた“解”とは――。今、この世界を生きる私たちに、自身の扉を開く勇気をくれる、強く優しい物語。

【プロフィール】西加奈子(にし・かなこ) 1977年イラン・テヘラン生まれ、エジプト・カイロ、大阪で育つ。2004年『あおい』でデビュー。『通天閣』(06年)で織田作之助賞、『ふくわらい』(12年)で河合隼雄物語賞、『サラバ!』(14年)で直木賞受賞。

撮影/相馬ミナ 構成/佐藤久美子(LIVErary.tokyo)

Presenter

LIVErary.tokyo
編集部

Profile

ものも情報もあふれている今、本当にいいもの、信頼できる情報と出合いたい── そう願う人のためのデジタルメディア「LIVErary.tokyo(ライブラリートーキョー)」。 毎日の暮らしに少しのラグジュアリーをプラスできる情報、心豊かな暮らしに欠かせない上質な情報を発信しています。小学館の雑誌『Domani』『Precious』『MEN’S Precious』とも連動、色あせない名品情報もアーカイブして掲載しています。

LIVErary.tokyo
http://liverary.tokyo

Archives

「仕事が忙しいからできない」の嘘。豊かな人生に欠かせない3つのタスク【岸見一郎さんインタビュー5】

インタビュー

「仕事が忙しいからできない」の嘘。豊かな人生に欠かせない3つのタスク【岸見一郎さんインタビュー5】

LIVErary.tokyo
編集部
ライフスタイル, カルチャー
N.Y.のカメラマンから、京都の老舗蕎麦店の16代目当主に【稲岡亜里子さんインタビュー1】

彼女たちの三都物語

N.Y.のカメラマンから、京都の老舗蕎麦店の16代目当主に【稲岡亜里子さんインタビュー1】

LIVErary.tokyo
編集部
ライフスタイル
「本気出してないだけ」の後輩は、ほめず、叱らず伸ばす【岸見一郎さんインタビュー3】

インタビュー

「本気出してないだけ」の後輩は、ほめず、叱らず伸ばす【岸見一郎さんインタビュー3】

LIVErary.tokyo
編集部
ライフスタイル, カルチャー
ミスをしたときこそ、部下を守れるか【岸見一郎さんインタビュー2】

インタビュー

ミスをしたときこそ、部下を守れるか【岸見一郎さんインタビュー2】

LIVErary.tokyo
編集部
ライフスタイル, カルチャー
女性リーダーがもつべき『勇気』とは?【岸見一郎さんインタビュー1】

インタビュー

女性リーダーがもつべき『勇気』とは?【岸見一郎さんインタビュー1】

LIVErary.tokyo
編集部
ライフスタイル, カルチャー
世界的写真家・田原桂一氏のお蔵出し写真がチェコ共和国プラハで公開

Keiichi Tahara: Photosynthesis 1978–1980 featuring Min Tanaka

世界的写真家・田原桂一氏のお蔵出し写真がチェコ共和国プラハで公開

LIVErary.tokyo
編集部
カルチャー