‘60年代のトップアイドル、マリアンヌ・フェイスフル

アレン・ギンズバーグや、ジャンリュック・ゴダール、セルジュ・ゲンズブールなど1960年代のトップランナー達も魅了され、映画や歌でも主役に大抜擢、そのうえ恋人はとびきり格好よいローリング ストーンズのミック・ジャガーときている。そんなマリアンヌ・フェイスフルは当然、女子の垂涎の的。誰もが恋をし、憧れた‘60年代のミューズであった。

マリアンヌ・フェイスフル
マリアンヌ・フェイスフル

彼女が着ていたファッションは、今見ても着てみたくなるほど可憐でみずみずしい。白襟付きのシンプルなドレスや、ニットドレス、英国調のツィードのパンツスーツなど、もう50年以上経つというのに、時代を超えてなお新鮮だ。清純可憐さに危うさがミックスされた、 ‘60年代ならではの独特のスタイルだ。

ブロンドを無造作に流したヘアスタイルや、大きな目をことさら縁取るアイラインや長いまつげなど、お人形のような容姿は、‘60年代をビジュアライズした「化身的存在」といってよいだろう。彼女の面影は今も、多くのファッションデザイナーにインスピレーションを与えている。

マリアンヌ・フェイスフル
マリアンヌ・フェイスフル

2017年秋冬コレクションでも、ミュウミュウ、クロエを始め、いくつものコレクションが‘60年代から着想を得ている。同時代を共有したデザイナーは、当時のサイケデリックな幻覚状態の再現か!と思われるモチーフを服に落とし込み、若い世代は、活き活きとして時代の牽引者となっていった、エネルギーにあふれる若者の雰囲気をコレクションに投影している。

今もなお‘60年代の輝きが色褪せないのは、なぜだろうか? それは、ずば抜けた才能がひしめきあうその時代のなかで、切磋琢磨して頂点に登り詰め、たったひと握りのカメラマンやアーティスト、モデルなど、とびきりのサブカルチャーのスター達が、時代を超えた普遍的な魅力を放ち続けているからであろう。‘60年代は、現代にとって「青春期」に当たるのである。

その青春時代のアイドルこそが、マリアンヌ・フェイスフルなのだ。1946年ロンドン生まれ。父は大学教授、母方は先祖にハプスブルグ家などの家系を持つ、名門貴族の出身。修道院で厳格なしつけと高度な教育を受けて育つ。富裕な家庭ではなかったがブルジョア階級の子女であった。

マリアンヌの黄金時代と、凋落

17才で美術商と結婚するが、1964年に歌手として『As Tears Goes By』でデビューしたのちに離婚。その後にデビュー曲を書いたローリングストーンズのミック・ジャガーと本格的に交際を始める。そのときがマリアンヌ・フェイスフルにとって若き日の黄金時代であり、また凋落への第一歩を踏み出した時期でもあった。

マリアンヌ・フェイスフルとミックジャガー
マリアンヌ・フェイスフルとミックジャガー

グルーピーに囲まれ、女性と経済力に不自由しない恋人を持ち、マリアンヌは次第に精神的に不安定な状態となってゆく。ドラッグに溺れ、止めさせようとしたミックの間にも亀裂が入り、関係が行き詰まると再びドラッグに走るという悪循環に陥って、結局、オーバードースの状態で警察に発見されるという、大スキャンダルを引き起こしてしまう。

「エンジェルボイス」と呼ばれた清らかな容姿と歌声のイメージは、このスキャンダルで粉々に砕け散り、「堕天使」と世間やマスコミから呼ばれ、アイドルとしての生命は完全に終わってしまった。急激に古い価値観が崩壊していく時代において、貴族の血をひくマリアンヌが身を持ち崩していくさまは、芸能人のスキャンダルというよりも、旧体制が崩壊していく‘60年代の現実とも重なり、ある種の人々には苛立つような出来事だったに違いない。

だが、マリアンヌ・フェイスフルの語るべき物語は、それからの生きかたである。単なるアイドルの転落話でおしまいではなく、そこからの復活劇がキモなのである。清純可憐なお嬢様イメージなど、かなぐり捨て、すさまじいほどのバイタリティを見せるのだ。

事件のあと当然ながら低迷期が続いたが、歌手活動は続けていた。アルコール、ドラッグ、タバコの濫用で声質は変化し、透明感のあった声は、次第にドスのきいたしゃがれ声に変わっていった。もう美しくも若くもないマリアンヌにとって、歌うことしか残されていなかった。だが、運命とは皮肉でドラマティックなものだ。

苦しみからの復活の物語

スキャンダルと絶望に打ちのめされた声は、透明感を失った代償に生きることの苦しみ、辛さなどを内包したの情感豊かな表現力を身につけ、聴く人の心を鷲掴みにしたのだ。1979年にリリースされた『ブロークンイングリッシュ』で第一線に復活。ライブ活動も精力的にスタートさせた。1987年にリリースしたアルバム『Strange Weather』は、後にコム デ ギャルソンがパリコレクションのサウンドトラックとして起用。そのきしんだような歌声は、強くも痛々しく異様な迫力で会場を包んだのを、筆者はまざまざと覚えている。

女優としての活動も再スタートし、2006年にソフィア・コッポラ監督の映画『マリー・アントワネット』のマリア・テレジア役、2007年には38年ぶりに『柔らかい手』で主役マギーの難しい役柄を演じ、高い評価を得た。

儚げな美少女の、すさまじい凋落と復活の物語。ミック・ジャガーをはじめ‘60年代の真のスターは世紀を超えた今も、多くが第一線で活躍中だ。マリアンヌもそのひとりとして甦った。危うい魅力を今も漂わせながら、強さを秘めて。

この記事の執筆者
1987年、ザ・ウールマーク・カンパニー婦人服ディレクターとしてジャパンウールコレクションをプロデュース。退任後パリ、ミラノ、ロンドン、マドリードなど世界のコレクションを取材開始。朝日、毎日、日経など新聞でコレクション情報を掲載。女性誌にもソーシャライツやブランドストーリーなどを連載。毎シーズン2回開催するコレクショントレンドセミナーは、日本最大の来場者数を誇る。好きなもの:ワンピースドレス、タイトスカート、映画『男と女』のアナーク・エーメ、映画『ワイルドバンチ』のウォーレン・オーツ、村上春樹、須賀敦子、山田詠美、トム・フォード、沢木耕太郎の映画評論、アーネスト・ヘミングウエイの『エデンの園』、フランソワーズ ・サガン、キース・リチャーズ、ミウッチャ・プラダ、シャンパン、ワインは“ジンファンデル”、福島屋、自転車、海沿いの家、犬、パリ、ロンドンのウェイトローズ(スーパー)
クレジット :
文/藤岡篤子 写真提供/Getty Images 構成/渋谷香菜子(LIVErary.tokyo)