2015年10月に病気で母親を見送ったマサ子さんのもとに、この春、税務署から「相続税の申告等についてのご案内」が届きました。この「ご案内」は、相続税が発生する可能性のある人に、申告や納税の必要がないかどうかを確認してもらうために、税務署から送られる書類です。

【前編:ひとり暮らしをしていた母の死、そして税務署から「ご案内」が】

マサ子さん姉妹が相続したのは、東京・世田谷にある実家の土地・建物と預貯金が1000万円ほど。「とても相続税がかかるとは思える財産ではないのに」と困惑するマサ子さんでしたが……。

「相続税は、一握りのお金持ちが納める税金」。

私たちの中には、まだまだそのような意識があるのではないでしょうか。でも、相続税に詳しい税理士の福田真弓さんは、「ここ1年ほど、税務署からの突然届いた『ご案内』を持って、ビックリして税理士事務所に相談にくる人が増えている」といいます。

2015年の法改正で対象者が増加した相続税

背景にあるのは、2015年に行われた税制改正です。「2015年の税制改正で相続税の基礎控除額が引き下げられたことで、相続税は一部の富裕層だけではなく、一般家庭でも課税される可能性のある身近な税金に変わってきています」(福田さん)

 
 

相続税には、相続した遺産の一部を相続税の計算対象からはずす基礎控除(非課税枠)があります。この金額が、2015年の改正で次のように見直されました。

◆2014年12月31日まで(改正前)
5000万円+1000万円×法定相続人の数

◆2015年1月1日~
3000万円+600万円×法定相続人の数

たとえば、マサ子さんのように、法定相続人がマサ子さんと妹のふたりなら、2014年までは遺産が7000万円までは相続税がかからなかったのが、2015年の改正後は4200万円を超えると課税されるようになりました。

首都圏に土地付きの一戸建てを持っていると、持ち家の評価額と手持ちの預貯金だけでも、5000万円を超えるケースは珍しい話ではありません。

マサ子さんの実家も、土地だけでも評価額は約5300万円(路線価格1㎡=40万円で計算)。さらに、建物や預貯金を加えると、相続財産は7000万程度と見積もられます。以前なら非課税枠の範囲で収まっていたのが、基礎控除額の引き下げによって、マサ子さん姉妹も相続税の対象になったというわけです。

このように、いまや相続税は、一般家庭でも無縁の税金ではなくなりました。実際、法改正前の2014年に全国で相続税を支払った人は、亡くなった人の4.4%でしたが、改正後の2015年は8.0%に増加しています(国税庁ホームページより)。

一般家庭も無縁でなくなったその他の理由

ただし、これは実際に相続税を支払った人の数です。福田さんは、「申告すれば使える特例によって無税になった人を含めると、さらに相続税にかかわる人が多いことが予想される」といいます。

「相続税には、『小規模宅地等の特例』といって、亡くなった人が実際に住んでいる住宅については評価額を減額する制度があります。これが適用されると、遺産総額が非課税枠を超えても納税額がゼロになるケースがあります。ただし、利用するには、まず相続税の申告をする必要があります。納税は免れたけれど、相続税の申告は必要だったという人も含めると、全国では10%を超える人が相続税に関係するようになっています」(福田さん)

東京、神奈川、千葉、山梨の4都県に絞ってみるとその割合はさらに高くなり、相続税の課税対象者は12.7%、申告義務の生じた人は17.6%もいます。首都圏では5~6人にひとりは相続税の申告が必要になっており、決して他人事ではなくなっているのです。

もうひとつ、2015年の相続税改正での大きな変更点は、「最高税率の引き上げ」です。それまで6段階だった課税率が8段階に見直され、最高税率が50%から55%に引き上げられました。

会社経営者、自宅以外にも不動産を所有する資産家は、大きな影響を受けます。また、一般の方も無関係ではありません。基礎控除額が引き下げられた影響で、一般家庭でも課税対象になる遺産総額が増えているため、適用税率が改正前より1段階高くなり、納税額が増える可能性もあるからです。

税制は、その時々の社会の状況に応じて頻繁に改正されています。複雑な制度を詳細に知るのは難しいとしても、ある程度は把握しておかないと、マサ子さんのように慌てることになりかねません。

 
 

納税期限が短いうえに遅れるとペナルティも

とくに相続税は、相続の対象となる人が亡くなった日の翌日から10か月以内に申告・納税する義務があるので注意が必要です。

「申告しないと延滞税や無申告加算税などが上乗せされますし、悪質だと判断されると、無申告加算税より税率の高い重加算税が課せられます。

親族が亡くなると、行政への届け出や法要の手配などで慌ただしく過ごしていて、ハッと気が付いたら申告期限の10か月が迫っているということはよく聞く話です。後悔しないためにも、ご自身や親御さんが高齢になってきたら、相続のことも親子で話す時間をつくっておきたいものです」(福田さん)

亡くなってからでは遅い...後悔しないためにできること

親子でお金の話をするのは気がひけるかもしれません。でも、相続の話をすることは、親が望む老後の暮らし方を子どもに伝え、子どもは高齢の親を今後どのようにサポートしていけばいいかを知るよいきっかけになります。

 
 

相続で後悔しないためには、まずは資産を正しく把握することが大切です。銀行の通帳、保険証券などで金融資産を計算するほか、固定資産税の納税通知書に同封されている課税明細書で自宅の評価額を把握しておきましょう。

日頃から準備しておけば、贈与税の特例などを利用して適正に納税額を抑えたり、自分たちの望む暮らしに合わせた不動産の活用などによって、結果的に相続税の支払いを抑えられるケースもあります。たとえ相続税がかからなくても、残された家や預貯金をどのように家族で分けるのかといった遺産分割は、どこの家庭にでも起こることです。

今回の相続税の改正は、これからの親子関係をよりよいものにする話し合いをするよいャンスです。まだ親の体がきくうちに、介護などの問題とあわせて、家族で相続についても相談しておきたいものです。

PROFILE
福田真弓(ふくだ まゆみ)
1973年、神奈川県横浜市生まれ。青山学院大学経営学部卒。2003年1月に税理士登録。税理士法人タクトコンサルティングに入社し、富裕層への相続や事業承継対策を提案。2008年12月に独立。現在は、勤務税理士時代の資産税の経験をもとに、相続税・贈与税の税務申告をはじめ、会計税務やマネー全般に関する個別相談・提案業務などを行う。新聞記事へのコメント、雑誌の取材や記事執筆、講演、テレビ出演の実績も多数。共著の「身近な人が亡くなった後の手続のすべて」(自由国民社)が55万部を超えるベストセラーに。
この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。