あのマット・デイモンがプロデュースし、主演のケイシー・アフレックは2016年度アカデミー賞主演男優賞を受賞した話題作、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』。

人を亡くした悲しみや、忘れることのできない過去の痛み…傷ついた心に沁みる珠玉の人間ドラマとなった本作を、映画ライターの坂口さゆりさんが語ります。

©2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.
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心にじんわり沁みてくる珠玉の人間ドラマ

年を重ねて寂しいと感じることのひとつが、葬式に出る機会が増えることだ。私はまだ身近な人の死を経験していないが、着実に近づくその日を、ふと想像しては不安になる。大切な人を亡くしたら、いったいどのように悲しみを乗り越えればいいのだろう。そんな私にひとつの答えをくれたのが、今年のアカデミー賞で脚本賞と主演男優賞を受賞した映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』だった。

 

 

【参照記事:同じくアカデミー賞受賞作の『ラ・ラ・ランド』】
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ボストン郊外のアパートで便利屋として働くリー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)は、兄ジョーの突然の死をきっかけに、故郷マンチェスター・バイ・ザ・シーへ戻る。ジョーのひとり息子で、甥のパトリックは16歳。ジョーは遺言で、リーを息子の後見人に指名。息子と再びこの町で暮らしてほしいと望み、息子の養育費や家や船のローンを完済。リーの引っ越し費用まで準備していた。だが、ある悲劇を経験したリーにとって、故郷は二度と帰りたくない町。ここで暮らすつもりは毛頭なかった。そんなリーも、大切な父親を亡くしたパトリックの世話をするうちに、少しずつ前へ歩み始める。

映画が進むにつれてリーに何が起こったのか、どれほどの心の傷を抱えているのかがしだいに明らかになっていく。だからこそ終盤、パトリックに「ここに住めば?」と言われたリーがハッキリ拒否し、「乗り越えられない」という言葉が観る者の心を刺す。あぁ、そうなのだ。悲しみを抱えた人は、あえて悲しみを乗り越える必要なんてない…。

生ける屍から少しずつ頬に赤みが差すように変化していくリー。ケイシーの演技がしみじみと胸に沁みる。これまで兄ベンと比べて、今ひとつ地味な存在だった彼だが、以前から演技評価は高い。今回のアカデミー賞主演男優賞獲得でさらに評価は高まりそうだ。

1999年、『200本のたばこ』でケイシーを取材した際「(俳優を目ざした最初の)1年間はオーディションを片っ端から受けたけどうまくいかなくて…」と語っていた彼がオスカー俳優とは。一緒に撮った写真を見ながら当時を思い出し、しばし感慨にふけってしまいました。

■『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
忘れることのできない心の痛みを抱える男の再生を描いた人間ドラマ。当初マット・デイモンが主演予定だったがプロデューサーとなり、ケイシー・アフレックを主演に抜擢。オスカー受賞作品に。
監督・脚本:ケネス・ロナーガン 出演:ケイシー・アフレック、ミシェル・ウィリアムズほか。
シネスイッチ銀座ほか全国公開中
http://www.manchesterbythesea.jp/

 

この記事の執筆者
生命保険会社のOLから編集者を経て、1995年からフリーランスライターに。映画をはじめ、芸能記事や人物インタビューを中心に執筆活動を行う。ミーハー視点で俳優記事を執筆することも多い。最近いちばんの興味は健康&美容。自身を実験台に体にイイコト試験中。主な媒体に『AERA』『週刊朝日』『朝日新聞』など。著書に『バラバの妻として』『佐川萌え』ほか。 好きなもの:温泉、銭湯、ルッコラ、トマト、イチゴ、桃、シャンパン、日本酒、豆腐、京都、聖書、アロマオイル、マッサージ、睡眠、クラシックバレエ、夏目漱石『門』、花見、チーズケーキ、『ゴッドファーザー』、『ギルバート・グレイプ』、海、田園風景、手紙、万年筆、カード、ぽち袋、鍛えられた筋肉
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【Precious2017年6月号掲載時スタッフ】文/坂口さゆり、【WEB構成】難波寛彦(LIVErary.tokyo)
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